第28話「想いの果て(中編)」

 カリオンはレインを自分の背後に下がらせながら、剣を構える。

 相手の二人は相変わらず無表情で、何を考えているのか読み取れない。

 こちらから仕掛けるべきか、それとも相手の出方を待つべきか。カリオンには判断がつかなかった。

 戦うしかない。自分に何度もそう言い聞かせる。

 ここまで来て、負けてたまるか。

「レイン、援護を頼む」

 そう言って、カリオンがちらっと背後を窺う。レインは戸惑いの表情を浮かべながらも、一つ頷いた。

 敵の二人は、依然同じスピードを保ったままこちらに接近してきている。その距離は、もう五メートルほどになっていた。

 これ以上近づかれては、ノアのナイフの餌食になりかねない。そう考えたカリオンは、自分から仕掛けることにした。

 地面を後ろ足で蹴り、剣を後ろ手に構えて、猛スピードで右側にいるノアに向けて突進する。不意を突かれたノアの反応が一瞬遅れた。すると、それをフォローするかのように、イブリースのレッドエレメンタルがノアを守るようにその前に立ちふさがる。

 イブリースの的確な状況判断だった。しかし、それゆえに読みやすい。

 カリオンは右足に力を入れて踏ん張り、瞬時に左に方向転換した。狙いは最初から、エレメンタルのいないサマナーだったのだ。

 無防備となったイブリースに、カリオンの鋭い一閃が襲いかかる。イブリースは見事な体捌きでそれをかわした。とはいえ、突然の回避運動のため、体勢は完全に崩れている。二撃目はよけられようはずもない。そこに、レインの魔法攻撃が襲いかかる。

 二人が幾度となく訓練した、完璧なフォーメーション。

 だが、予想される二撃目は、いつになってもやって来なかった。

 カリオンが横目でレインを見る。杖を構えたレインは、青ざめた顔で震えていた。

 唱えようとしたのだろう。でも、唱えられなかったのだ。

(くそっ!)

 ならば自分が、とカリオンがイブリースに視線を戻す。しかし、そこに既にイブリースの姿はなかった。

「あっ……!」

 その時、背後から小さな悲鳴が上がった。そちらに振り向くと、レッドエレメンタルがレインに向かっている。カリオンが視線を外した一瞬をついて、イブリースはレインに標的を移していたのだ。

 戦いの最中によそ見をするなんて。俺はなんて愚かなことを!

 カリオンは自分の愚かさを心の中で呪いながら、慌ててレッドエレメンタルの後を追おうとした。だが、その前に人影が立ちふさがる。

 ノアだった。

「どけ!!」

 焦りと怒りを含んだ声で叫ぶが、ノアはそこを動こうとしない。

 ソーサレスであるレインと、接近戦を得意とするレッドエレメンタルの相性は最悪だ。自分が援護しなければ、勝ち目はない。

 しかも、レインは敵であるイブリースを攻撃できないのだ。

 絶対に、レインのもとへ行かねばならない。

 たとえ、ノアを殺してでも。

 そう考えた瞬間、カリオンの胸を暗い恐怖感が襲う。

 できるのか?

 お前にできるのか、カリオン?

「あああぁぁぁぁ!!」

 恐怖を振り払うように絶叫しながら、カリオンはノアに向かって走る。

 できる。やらねばならない。

 目の前にいるのは幻か、あるいは亡霊か。

 どちらにしろ、本物ではない。

 躊躇するな。今はレインを助けることが何より優先。

 迷うな。臆するな。

 カリオンはノアに向けて、剣を振るった。

 振るって、そして、愕然とした。

 振るった剣先は、ノアの横っぱら寸前のところで、ピタリと静止していた。

 止めるつもりはなかった。

 だが、彼の身体が、あるいは心の奥底が、彼の手を止めてしまっていた。

 カリオンの顔が、怒りとも、悲しみともとれない表情に歪んだ。

「くそっ……」

 そう力なく声が漏れたのと、ノアの放ったナイフがカリオンの脇腹に突き刺さるのは、ほとんど同時だった。

 どうっと地面に仰向けに倒れる。脇腹から流れ出した血が地面に伝う。口の端から、ごぼっと血の泡が吹き出した。

 自身の血の温かみを背中に感じながら、カリオンは焦点のぼやけた目でノアを見上げる。ノアは相変わらずの無表情で、カリオンを見下ろしていた。

 どさっと何かが倒れる音がして、カリオンがそちらに視線を向ける。レッドエレメンタルに背中を切りつけられたレインが、同じように地面に倒れたところだった。

 ああ、俺達、ここで終わりか。

 まるで他人事のように、カリオンは思う。

 もう、いいや。ここで頑張って生きながらえても、もう、自分には何もない。新しい生きがいを見つけようとしたけど、やっぱり、自分は彼女の幻影から逃れることはできなかった。その幻影に殺されるんじゃ、仕方ない。

 霞んだ視界の中、ノアがとどめの一撃を加えるべく、ナイフを振り上げるのが見える。

 カリオンは全てを諦めて、目を閉じようとした。

 その直前、最後にカリオンの視線に映ったのは、涙だった。

 全くの無表情のノアの頬を、一筋だけ、涙が伝っていた。

 その瞬間、わけのわからない、何か強い力がカリオンの中に湧き上がり、彼の五感を一気に目覚めさせた。

 ノアの投げたナイフを跳ね起きるようにしてかわす。脇腹を激痛が走りぬけたが、カリオンは顔をしかめただけでそれに耐えた。

 少し離れた場所では、イブリースのレッドエレメンタルが倒れたレインに向かって剣を振り上げている。

「レイン!!」

 脇腹の出血が、カリオンの体力と意識を徐々に奪っていく。

それでも、カリオンは残る全ての力を両足に込めて、走り出した。

第28話 終